「日立製作所(HITACHI)」の名前の由来

電気機器

「日立製作所(HITACHI)」の名前の由来について調べました。

日立製作所は日本の電気機器メーカーです。
資本金4587億9000万円(2018年3月末現在)、従業員数34,925名(2018年3月末日現在)、連結従業員数307,275名(2018年3月末日現在)を誇り、日本最大級となっています。
1910年に久原鉱業所日立鉱山付属の修理工場として発足したのが始まりでした。
1920年には日立・亀戸の両工場を擁し、現在の株式会社日立製作所として独立しました。

創業者の小平浪平が東京電燈(現在の東京電力)から、久原鉱業所日立鉱山に工作課長として入社し、1910年、自ら設計・製図を行い、国産初の5馬力電動機を3台製作。さらに200馬力の電動機を製作すると、修理工場を発展させて電気機械製作事業を始める決心をしたことが大きなきっかけとなりました。

それではさっそく「日立製作所」の名前の由来を調べてみましょう。

「日立製作所(HITACHI)」の名前の由来

「日立製作所(HITACHI)」の名前の由来は、発祥となった茨城県日立市(当時の日立村→日立町)によるものです。

それでは「日立」という地名には、どのような由来や意味があるのでしょうか?

「日立」という言葉の由来は、「水戸黄門」でもおなじみ(※日立は「水戸黄門」のスポンサーにもなっていました。)水戸藩第二代藩主光圀が市内の神峰神社に参拝したとき、

「海上から朝日の昇るさまを見て、ここは領内一の眺めだと言ったというのにちなんで『日立』と称するようになった」というものです。

この光圀の言葉は文献に残っているのではなく、”古老から聞いた言い伝え”のもので、いろいろな資料でその表現が違うということでした。

「日の立ち昇るところ領内一」
「朝日の立ち昇る様は領内随一」
「日の立つ処領内一」

またその場所も、神峰神社という説と神峰山頂にある神峰神社奥殿という説があります。

なんと水戸光圀の言葉が「日立」の語源になっていたのですね。

日立市民は、日立市のことを「日立」、また日立製作所のことを「日製(にっせい)」と呼ぶことで区別しているということです。

ちなみに、国鉄のキャンペーンソングとなった、山口百恵が1978年にリリースした「いい日旅立ち」をリリースする際、日本旅行(国鉄の指定券発券システムを使用)と日立製作所(国鉄の車両を製造)がスポンサーになったため、タイトルにそれぞれの会社の名前が入っているということです。

国民的名曲にも「日立」の名前が入っていたのですね。
以上、「日立製作所」の名前の由来について調べてみました。

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